2016年06月20日

松戸からお客様

こんにちは。マダムYです。

今日は松戸にある、聖書キリスト教会・グレースホームの岡野牧師先生にお越しいただきました。

「どんな先生かな?厳しい先生かな?」

ドキドキしながらメッセージが始まりました。背筋が自然とピンと伸びる思いでした。

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聖書箇所は、
ヨハネの福音書15章1節〜12節。
『わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。』

やったー!私の大好きな聖書箇所。思い入れが強い箇所で、自分の子供の名前もここから名付けたほどです。キリストの良い実を多く結んでほしい、と願いつつ。

さて、新婚当初、知恵を絞り、工夫を重ねながら、牧師としての仕事に力を注いでいた岡野牧師。一方、家庭では厳しい言葉を奥さんに浴びせることが多かったという。奥さまは辛い生活に、涙を流しながら、夜に外へ出て、それでもそんな夫のために祈っていたそうです。そんな妻の気持ちに応える余裕もない中、岡野牧師の伝導は広がり、次々と洗礼を受ける者がおこされ、信徒は増え、牧師としての働きは祝福され、成功を収めていたそうです。

うん、うん、うなずけます。私の周りにもたくさんいます。仕事で成功している夫の姿。そんな強い旦那さんを持つ妻は宿命とばかりに家庭ではよく当たられるものですよね。外で強くてうちで優しい男なんて幻想?
じゃないのですか?

しかし、やがて信徒が1人去り、2人去り、教会が成り立たない状態にまで追い込まれたそうです。
何がいけなかったのか。
何が足りなかったのか。
悩みの末、先生が至った回答が、
『みことばにとどまること』
今までの先生の関心は、礼拝参加数、奉仕、この人はやってるか、あの人はがんばってるか。しかし、1番大切なものは、そういった活動の有無ではない。大切なのは、みことばを守り、妻を、子供を愛すること。『キリストが教会を愛されたように妻を愛しなさい』、つまり聖書は命懸けで妻を愛するように、と夫に教えている。人は変身できる。信仰を持っても変身できないことがあるが、それでもみことばにとどまったとき、クリスチャンは初めて変身できる、愛することができる。同様に、妻もみことばに従うとき、夫に服従できる。夫婦お互いがこのことに気づき、愛し合えるとき、最強の夫婦になれる。

奇蹟の夫婦!幻想じゃなく現実にあるんですね。しかも聖書にちゃんと書いてあったんですね。聖書を知っている、ということは、みことばにとどまる、とイコールじゃない。眼からウロコの新事実。

岡野先生のご家庭は、先生がみことばにとどまることに気づき、立ち返ってからというもの、幸せで平穏な家庭に変えられたというのです。
すると、また信徒は増え、教会は再出発したそうです。

今回先生は、ご婦人と4人の信徒の方々と一緒にお越しになりました。
岡野先生ご夫妻のもとで、幸せな結婚、家庭生活に導かれたYご夫妻の飛び入りメッセージもあり、イキイキとしたひとときでした。

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今回、岡野先生は『素のままの自分』を新中野教会の信徒にさらけ出してくださいました。小手先のへりくだりではなく、芯の真のへりくだりをもって、洗いざらい赤裸々に語ってくださりました。1時間少々のメッセージを通し、先生の信仰とお人柄に触れ、聞いているみんなが先生に愛着や親しみ、そして尊敬を感じたと思います。懺悔の念がストレートすぎて、純粋な気持ちが私たちの心に響きすぎて、涙を浮かべたり、笑ってしまったり。もっともっと聞いていたいメッセージでした。なんだか今流行りのテレビ番組『しくじ◯先生』の聖書版みたいでしたね。

さて、礼拝後のランチはとびきり豪華なローストビーフ丼でした!教会には多才なシェフもいるんです!
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posted by ビジョン at 22:30| 日記